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001. 冬青 (そよご)



 私たちの理想を心楽しく聞いてくれる人がいるとしたら、祖父の山崎斌かなと思ったことがあります。私がこの仕事をする気になったのは、大学時代に既に他界していた祖父の編集した日本の自然や伝統を綴ったいくつかの本を古本屋で見つけて読んだことがきっかけの一つです。草木染というよりは人が自然と共に、風土と共に生きる姿を実感し、よりよい価値観を見出したいという若い希求が、それらの本を著した当時の祖父の気持ちと重なったように思えたのです。その山崎斌がからんだことで、祖父の郷里である長野県麻績村で講習会を引き受けたことがありました。私は講習会というものが苦手で、人々が学びたいと思うものと、私が伝えたいと思うものとの差をいつも埋めきれない事が苦痛でした。それでも、その講習会は年に一度の墓参りもかねて、楽しみにしていたのですが、ある年、その会で色がでない染色をしたのです。私にとっては、予想外のことに”なんて面白いんだろう”と心から思っていたのですが、気付いてみれば、色がでないことで参加者達の不平と不満の渦中にいたことになります。


 その染料は冬青(そよご)です。信州に自生し、周囲の山で自由に採集できるということもあり、講習の染料として選んだのです。アルミ処理で、すこしの茶味と青みを含んだ重厚な赤をだす染料で、秋から冬にかけて赤味が増し、常緑樹ではあるけれども新葉の出始める4月には色が薄くなる。これが一般的に言われているそよごの染色だと思います。9月中旬でも標高の高い地区では染め始めるという事だし、10月上旬の講習会直前に送ってもらったそよごでも染まったし、先ず問題ないと思って臨んだ講習会で染まらなかったのです。
 通常、私たちのところでは水から煮出しますが、このときは講習会ということもあり、時間短縮のために湯をあらかじめ沸かしておいてもらい、準備の遅れた班では熱湯に染料を入れて煮出すということになりました。ぬるま湯からの班は辛うじてわずかに赤味が染まりましたが、熱湯から始めた班は薄いベージュにしか染まりませんでした。葉は青みを帯びたままです。急きょ、新しい葉を水から煮出しなおしました。葉は赤茶色に徐々に変じ、染液はやや赤味のある黄味の液でした。この黄味の液で染め、アルミ液で処理し、同じ液で再染色すると、そよごらしい若干茶味のある赤が得られるのです。水から煮出すと赤くなる、ということは低温の水に浸している間に赤を出す色素が形成される、あるいは水溶性になるということでしょうか。おそらくは熱に弱い葉に含まれている酵素が、何らかの変化に関与し、赤味を生じるのだと思われます。そこで例によって様々な条件を加えて試験布染を行いました。


 水から煮出したものと、お湯からのものとの差もありますが、葉を細く千切った処理をしたものの赤味がぐんと増したのがわかりました。材料と染め方によっては蘇芳で染めたような色にもなります。採集する季節、採集してからの保存の仕方、工程によって、赤味の出方も少しづつ違います。
 麻績村の人たちにお願いして冬場にはソヨゴの葉を毎月送ってもらうことになりました。まだまだソヨゴ染の模索はつづきそうです。
 今年もまた、祖父の郷里の代表的な染料と向き合う季節がやってきました。麻績村の山の冬青の木々を思い出しながら、縁の薄かった祖父との対話が続くような気がしています。